高次脳機能障害のおはなし

大分県立病院ニュース

2024年07月30日

 高次脳機能障害(こうじのうきのうしょうがい)、あまり聞き慣れない言葉かもしれませんが、タケノコ掘りで滑落してしばらく入院していたおじいちゃんが歩けるようになって元気に退院したのだけど何かいつもと違う。あんなに朗らかで責任感が強かったのに、いつもイライラしていて、用事をすぐに忘れてしまい、地区の役員の仕事もできなくなった、、、。このようなときに考える必要があるのが高次脳機能障害ですが、このことに関連した世界中の教科書にも掲載される有名なエピソードが1848年におこりました。

 1848年といえば、アヘン戦争の6年後、ペリー提督の浦賀沖への黒船来航の5年前で、日露戦争での連合艦隊司令長官、東郷平八郎の生誕年でもあります。この年、アメリカのバーモント州で鉄道敷設工事をしていた25歳のフィネアス・ゲージに不幸な出来事が生じました。岩盤を砕く作業中、差し込んでいた直径約3cm、長さ約1mの鉄の棒が誤爆により吹き飛び、有能で信頼も厚く技師長を務めていたゲージの左頬から左眼の後ろを通って、前頭部から貫通して飛んで行きました。

 右の骸骨の絵は主治医のハーロウ先生による想像図です。また3D再構成画像が雑誌SCIENCEの表紙にもなりました。誰もが死を予想する中、ゲージは一命をとりとめ、左の失明はあるものの、会話や歩行が可能となり、復職しようとしましたが、不遜、頑迷、また気まぐれなど、事故前からの著しい性格の変化のためかなわず、知人からも「もはやゲージではない。」と言われる始末でした。結局、定職に就くことなく、12年後の1860年にてんかんが元で亡くなりました。
 高次脳機能障害は様々な症状がありますが、覚えるのが難しいときはメモを利用したり、段取りがうまくいかないときは一つずつ作業する順番をきめたり、いっぺんにお願いをしないよう周囲が配慮したりすることで、社会生活を送りやすくすることもできます。

 軽微な高次脳機能障害は見過ごされやすく、まずは訓練されたスタッフと設備の整った施設での精査を行い、その結果を踏まえてリハビリテーションを行うこともあります。大分県では、諏訪の杜病院(大分市)と別府リハビリテーションセンターが拠点病院となっており、大分県のホームページに紹介されていますのでご参照ください。

(がんセンター脳神経外科 部長 郷田 周)

参考:大分県ホームページ-高次脳機能障がいについて-
https://www.pref.oita.jp/soshiki/12500/koujinoukinousyougai.html

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