沿革
明治13年(1880年)、県病の前身「大分県病院兼医学校」創設
本院は明治13年3月1日、大分市高砂町において鳥潟恒吉氏を初代院長兼医学校長とする「大分県病院兼医学校」として病床数30床で病院業務を開始して以来、142年の歴史を有しています。
明治22年から明治32年までは財政上の理由により閉鎖され、鳥潟恒吉氏が一般病院として経営したり、昭和20年7月17日に空襲により消失するなど、幾多の変遷をたどりながら県民の強い要望のもと、診療機能の充実を図ってきました。
昭和44年には総病床数を610床に拡充し、がんセンターを併設しましたが、昭和50年代に入ると施設の老朽化、狭隘化が顕著となり、診療機能にも支障をきたすようになったことから、平成4年8月18日に大分市大字豊饒の地に新築移転しました。
県民の安心・安全を医療面で支える、県民医療の基幹病院として
新病院は、一般病床610床、伝染病床20床を整備し、さらに心臓血管外科、小児外科を新設するとともに、集中治療室、無菌室等の設置、新生児集中治療室の拡充を行い、県民医療の基幹病院としての役割を果たすよう高度・専門医療の充実を図りました。
平成14年1月には、二次救急を開始し、平成17年4月には、総合周産期母子医療センターの新設や、病棟の再編を行いました。
平成18年4月から、県の病院事業は、一層の経営健全化を図ることを目的に、地方公営企業法の一部適用から全部適用に移行し、「病院事業管理者」を設置する新たな経営体制となりました。
新しい体制の下、平成18年9月には「大分県病院事業中期事業計画(平成19年度~平成22年度)」が策定されました。本計画では、「医療の質の向上」と「経営の健全化」が本院の柱とされ、これに基づき、平成19年度の病院機能評価の認定、地域がん診療連携拠点病院の指定、平成20年度のDPC対象病院の指定、救命救急センターの新設、平成21年度の地域医療支援病院の指定、平成22年度の地域医療部の設置、7対1看護体制の導入、病院総合情報システム(電子カルテ)の導入など、医療の質の向上及び効率化並びに地域医療連携の強化に取り組んできました。
平成22年10月に県立三重病院が公立おがた総合病院へ統合され、本院が唯一の県立の病院となりました。こうした背景の下、平成23年2月に「思いやりと信頼の医療」を基本理念とした「第二期中期事業計画(平成23年度~26年度)」が策定されました。本計画に基づき、周産期医療、小児医療、がん医療などの高度・専門医療の充実、救急医療、感染医療、災害医療などの政策医療への取り組みの強化を図り、平成26年度は4月に循環器センターの新設、11月に第一種感染症指定医療機関の指定を受けました。
本院は、新築移転から既に31年が経過し、基幹的設備の老朽化が懸念されたことから、平成27年度から大規模改修工事に取り組みました。また、これまでの成果を踏まえつつ、継続的かつ安定的に良質な医療を提供するため、令和5年3月に「持続可能な病院を目指して~」を基本理念とした「第五期中期事業計画(令和5年度~8年度)」を策定し、「患者に寄り添った医療を提供」「安心・安全な医療を提供」「医療の質の向上を目指す」「地域の基幹病院としての使命を果たす」「病院事業の情報発信を進める」「県民・職員双方から支持される病院を目指す」「経営基盤の確立に務める」の7つの基本方針に基づき、具体的な課題・問題に取り組んでいます。
令和2年10月には、本県の長年の懸案だった精神医療センターが新設され、本院の役割は益々重要となってきます。
今後とも、県民医療の基幹病院として、県民の安心・安全を医療面で支えるべく、なお一層努めてまいります。
明治13年 | 大分県病院兼医学校として発足 |
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明治22年 | 財政上の理由により閉鎖 |
明治32年 | 内科と外科で再開 |
明治35年 | 産婦人科を新設 |
明治44年 | 眼科を新設 |
大正4年 | 耳鼻咽喉科を新設 |
大正13年 | 皮ばい科を新設 |
大正15年 | 小児科を新設 |
昭和2年 | 皮ばい科を皮膚科、泌尿器科とする。 |
昭和30年 | 整形外科を新設 |
昭和33年 | 放射線科を新設 |
昭和34年 | 成人病治療センター、神経科を新設(昭和50年精神神経科に、令和2年に精神科に改称) |
昭和35年 | 病理検査科を新設 |
昭和39年 | 第二内科を新設 |
昭和42年 | 歯科、理学診療科を新設(平成9年歯科口腔外科、 リハビリテーション科に改称) 成人病治療センターを第三内科に改称 |
昭和43年 | 臨床研修病院に指定(厚生省) |
昭和44年 | がん診療部、脳神経外科、麻酔科を新設 |
昭和45年 | 生化学検査部を新設 |
昭和47年 | がん診療部をがんセンターに改称し、部制をしく。 病理、生化学を統合して中央検査部とする。健康管理部を新設 |
昭和51年 | 第四内科を新設(昭和54年神経内科に改称) |
昭和57年 | がんセンター胸部外科部を胸部・血管外科部に改称 |
昭和58年 | 大分医科大学関連教育病院としての学生実習開始 |
昭和59年 | 新生児医療室を新設 |
昭和63年 | 臨床修練指定病院に指定(厚生省) |
平成元年 | MRI(核磁気共鳴画像診断装置)棟を新設 新生児救急車(豊の国カンガルー号)を配備(平成7年 高規格救急車に更新) |
平成4年 | 新病院完成、移転(一般病床610床、伝染病床20床) 新生児科、心臓血管外科、小児外科を新設 |
平成11年 | 伝染病床20床を感染症病床6床へ変更 |
平成14年 | 地域がん診療拠点病院に指定(厚生労働省) |
平成15年 | SARS対策のため感染症病床6床を16床へ変更 全てのオーダリングシステムの構築が完了 |
平成17年 | 総合周産期母子医療センターを新設 外来化学療法室を設置(11月) |
平成18年 | 地方公営企業法の全部適用に移行(4月) ICU部、手術部を設置(12月) |
平成19年 | 救急部を設置(5月) |
平成20年 | 病院機能評価Ver.5.0の認定(2月) 大分県地域がん診療連携拠点病院に指定(2月) DMAT指定病院(2月) DPC対象病院(7月) 救命救急センターを新設(11月/12床) 一般病床610床を566床へ変更(11月) |
平成21年 | 形成外科を新設(4月) 地域医療支援病院に指定(4月) |
平成22年 | ドクターカーを導入(3月) 精神神経科外来を再開(4月) 地域医療部を設置(4月) 7対1看護体制の導入(11月) |
平成23年 | 病院総合情報システム(電子カルテ)の導入(1月) 感染症病床16床を12床へ変更(4月) |
平成25年 | 病院機能評価Ver.6.0の認定(2月) |
平成26年 | 循環器センターを開設(4月) 第一種感染症指定医療機関に指定(11月) |
平成28年 | 診療支援センターを新設(4月) 腎臓・膠原病内科を腎臓内科と膠原病・リウマチ内科に再編(7月) |
平成29年 | 呼吸器腫瘍内科を新設(1月) 病院総合情報システム(電子カルテ)の更新(1月) |
平成30年 | 病院機能評価3rdG:Ver.1.1の認定(3月) 入退院支援センターを新設(10月) |
平成31年 | 患者総合支援センターを新設(4月) 精神医療センター準備室を新設(4月) |
令和元年 | 緩和ケアセンターを新設(9月) ゲノムセンターを新設(9月) 医療費自動精算機の導入(12月) |
令和2年 | 地域がん診療連携拠点病院(高度型)に指定(4月) NICU9床を12床へ増床(4月) 特定行為研修指定研修機関に指定(8月) 精神医療センターを新設(10月/36床) |
令和3年 | 九州大学病院のがんゲノム医療連携病院に指定(4月) マイナンバーカードによるオンライン資格確認導入(10月) |
令和4年 | 臨床研究部を新設(4月) 電子コード決済を導入(4月) NIPT実施施設の認定(7月) |
令和5年 | 消化器内科を消化管内科と肝胆膵内科に再編(1月) 神経内科を脳神経内科に改称(1月) 病院機能評価3rdG:Ver.2.0の認定(一般病院・精神科病院)(2月) 地域がん診療連携拠点病院に指定(4月) |